「開門」について

『御堂〝開〟館WEEK』 〜おいでーや南御堂〜

「開門」に到るまでの経緯は難波別院にとっても、近年稀に見る巨大プロジェクトでした。ではそれはどのようにして始まったのでしょうか。

戦災より復興した当時の御堂会館と難波別院本堂(空中写真)

戦災より復興した御堂会館と難波別院本堂

そもそもは「危機」からの出発でした

難波別院には「御堂会館」という山門を兼ねたホールがありました。これは、1961(昭和36)年、大阪大空襲からの戦災復興を遂げた際、「これからの時代はお寺で講演会やコンサートを行えるようにならなあかん」と、山門としての多目的ホールを建設したためです。諸先輩方の慧眼が功を奏し、昭和〜平成と多くの方に親しまれてまいりました。

しかしその後、阪神淡路大震災をはじめ全国で自然災害が相次ぐ中、建築から50年を経た御堂会館は、国が見直した「耐震基準値」を満たすことができず、経営の危機を迎えることとなったのです。

ありし日の御堂会館を御堂筋側より写した写真

ありし日の御堂会館

御堂会館の閉鎖・営業終了

現状を知るべく実施した耐震調査の結果、御堂会館は「震度7以上で倒壊・崩壊はしないものの、深刻なダメージを受ける恐れがある」ということがわかり、経営継続が困難となりました。

もし仮に、耐震補強工事をしたとしても莫大な経費の回収に何年かかることかわかりません。仕方なく解体を検討してもこれまた耐震補強並みに経費がかかりますし、解体すれば何も残りません。ならいっそ閉鎖して置いておく?…莫大な維持費だけが残ります。

進むことも、戻ることも、またとどまることも許されない厳しい状況が目の前にあったのです。まさに「生き残り」をかけた決断を迫られたのでした。

新しい山門一体型ホテルのパース図

起死回生のチャンス・建替工事

そんな中「土地活用」という話が湧き起こりました。

と、いいますのも難波別院の隣にある大阪センタービル・竹中工務店ビル(旧伊藤忠商事ビル)はそもそも別院の境内地。折しも契約から60年の更新の時期を迎えていました。

これと同様に、御堂会館のある山門の土地も何らかの形でお貸しして、有効活用していただけないものか…そこで定期借地権設定により60年後にはお返しいただくこととし、その間の資金を積立て、次世代に「難波別院本堂建て替え工事」を手渡すというのはどうだろうかと…一気に目の前が明るくなってきました。

その後有識者による委員会を立ち上げ、幾度も検討会議を繰り返したのでした。

新しいビルの大きく開いた開口部を、正面から見たパース図。

正面開口部からこれまで以上に本堂が見えるようになります

11月1日、いよいよ開門します

かくして大阪のみなさんに親しまれた「御堂会館」の歴史は一旦幕を閉じました。

そのかわり、新たな「山門」が11月1日、グランドオープンいたします。

日本初・山門一体型ホテルです。顧みれば戦災復興当時、諸先輩方が願われた「山門をご縁として、一人でも多くの人にお寺の門をくぐってほしい」また「御堂筋から直接ほとけさまを拝んでいただけるようにしたい」という思いを受けつぐかたちでの再出発です。

「御堂会館」は規模は小さくなるものの、山門の一部となり、これからも生き続けます。

あと、ビル開口部がこれまで以上に大きくなることから、「ここにお寺があったんだ!」…と、これまで知らなかった方にも気づいてほしい。そんな新たな願いも込めています。

戦前に写された難波別院本堂の写真

「松の御堂」と呼ばれた戦前の南御堂(難波別院)本堂

難波別院(南御堂)と御堂筋

そもそも戦前は巨大な木造建築であった難波別院(写真)。どうしてこんな御堂筋の一等地にあるのでしょう?難波別院も、また北に数百メートルの津村別院(北御堂)も、…もとは大坂城の天守付近に存在していた「大坂本願寺(石山本願寺)」が由来です。

当時、土地を奪いに来た織田信長と10年も戦い(石山合戦)、その後和解することで大坂本願寺の土地は明け渡され、豊臣秀吉によって大坂城へと変貌しました。ここでは数多くの紆余曲折は省略いたしますが、その後秀吉時代に行われた大坂の一大町整備事業の際、北御堂(津村別院)とともにこの土地に移転させられたのが始まりです。

その後、北御堂と南御堂を結ぶ参道が「御堂筋」と呼ばれるようになりました。御堂筋とはつまり、お寺の道・お寺をお寺を結ぶ道、という意味なのです。

2018年南御堂カレンダーで使用した難波別院本堂水彩画の挿絵

報恩講中の別院本堂には鮮やかな紫幕と五色幕がかかります

報恩講ってなあに?

「報恩講」とは、私たちにお念仏の教えをお伝えくださった親鸞聖人のご命日に勤められる仏教行事のことです。

共にお念仏の教えを持って生活する、私たち浄土真宗のご門徒にとって一年で一番大切な仏教行事であります。

また、南御堂(難波別院)では毎年10月25日~28日まで勤められており、名物「ぎんなん粥」や「朝粥」のお斎(お食事)もご用意しております。

皆さまのご参拝をお待ちしております。